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ないものより、あるものを数える日

こんにちは、中村です。

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「ないもの」を数えるのが、うまくなりすぎていた

仕事をしていると、気づかないうちに、足りないものを数える癖がつきます。まだ届いていない数字、まだできていないこと、まだ手に入れていないもの。ひとつ越えても、その先にまた次の「まだ」が見えてくる。だからいつまでたっても、「これで十分だ」と思える瞬間が、なかなかやってこない。

僕らは、ないものを見つけるのが、少し上手すぎるのかもしれません。それはきっと、前に進もうとする真面目さの裏返しでもあるのだけれど、そればかりだと、どこかで息が浅くなっていきます。

ある日、視点をそっと入れ替えてみた

先日、ある人と話していて、はっとした瞬間がありました。見る角度を少し変えるだけで、それまで見えていなかったものが見えてくる。そして、その見え方が変わることが、しずかに幸せにつながっていく、という話でした。

それで、僕も一度やってみたんです。足りないものではなく、いま「あるもの」のほうに目を向けてみる。

今日も朝、目が覚めたこと。一日がまた始まったこと。健康でいられていること。となりに家族がいること、笑い合える仲間がいること。声をかけてくれる人がいること。並べてみると、当たり前の顔をして、実はぜんぜん当たり前じゃないものばかりでした。

ふしぎなもので、人はそういうものほど、当たり前だと思ってしまう。毎日そこにあると、いつのまにか景色の一部になって、目に映らなくなってしまうのですね。だから感謝も薄れるし、幸せも感じにくくなる。逆に、あるもののほうへ目を向けた瞬間、心がふっと静かに満たされていく感覚がありました。何かが増えたわけでもないのに、ただ見る場所を変えただけで。

幸せは、手に入れた瞬間より、気づいた瞬間に

幸せというと、何かを新しく手に入れた瞬間のことだと思いがちです。でも本当は、もうそこにあるものに気づいた瞬間にも、ちゃんと生まれるんじゃないかと思うのです。新しく足すことより、すでにあるものへ、そっと光を当てなおすこと。

これは、暮らしの話であると同時に、働く自分にもそのまま重なります。

今の自分には、何があるだろう。積み重ねてきた経験。うまくいかなかった失敗も。支えてくれる人。続けてこられた日々。そのぜんぶが、今日の自分をかたちづくってきた、たしかな価値です。他のだれのものでもない、自分だけの。

同じ景色でも、見る角度で変わる

同じ景色でも、立つ場所を少し変えると、まるで違って見えることがあります。仕事も、暮らしも、たぶん同じです。

もし今、なんだか足りないな、と感じる日があったら。ほんの少しだけ立ち止まって、「今、自分には何があるだろう」と、あるものの側を数えてみる。無理に前を向かなくていいし、答えを急がなくてもいい。ただ、視点をひとつ入れ替えてみるだけで、いつもの一日が、ほんの少し軽くなることがあります。

幸せは、遠くにあるものではなく、たぶん、今ここにあるもの。そう気づいたときから、少しずつ育っていくものなのかもしれません。