こんにちは、中村です。
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ここのところ、ものを捨てています。服と身のまわりのもの、それから家の中の全部。やってみたら、片づけというより、集中力の話でした。今回は、家で気づいたことの話です。
玄関から部屋までのあいだ
家の中にあるものも、情報なんだと思います。
玄関を開けて、部屋まで歩く。そのあいだに目に入ったものが、一つずつ何かを言ってきます。あれを片づけないと。あれは、まだ出していない。
ものが減ると、言ってくるものの数が減ります。捨ててみて、家に帰ったときに頭が休まるようになりました。
帰ってからも頭が動きつづける。それは家が仕事を思い出させるというより、家にあるものが順番に話しかけてくるからなのかもしれません。
朝の服と、小さな決めごと
服は、毎日かならず触るものです。朝に目に入る枚数が減ると、一日の最初の決めごとが軽くなります。
何を着るか。どこから出すか。着たあと、どこへ戻すか。一つずつは、決めたという感じすらしないくらい小さなことです。
大きな決断が一つだけの日と、細かい決めごとが朝からずっと続いた日。夜にぐったりしているのは、僕の場合、細かいほうが続いた日でした。いまは疲れ方が違っていて、同じ一日を過ごしても、頭のほうが残っています。
いつか使うかもしれないもの
捨てられないもので多いのは、いつか使うかもしれないもの、だと思います。
壊れてはいない。高かった。もらいものだから、捨てると悪い気がする。どれも大事な気持ちで、そこで手が止まるのは自然なことです。
そういうものは、出番が来る日まで、ずっと何かを言いつづけています。使うかどうかを、そのたびにこちらがもう一度決めている。家の中で決めることが減らないのは、たいてい、この手のものが残っているからなのかなと思います。
引き出し一つぶんから
家じゅうを一度にやろうとすると、なかなか終わりません。決める数を減らすためにやるのに、その日だけは決めることが一気に増えてしまうからです。引き出し一つ、棚一つ、というくらいの大きさのほうが、最後まで続けていけそうです。
服でも家でも、することは同じでした。一つ手に取って、これは何を言っているのかな、と聞いてみる。言うことがなくなっていたら、外す。
今日、家に帰って玄関から部屋まで歩くあいだに、何が話しかけてくるか。一度だけ、耳をすますつもりで数えてみるのも、おもしろいかもしれません。



