こんにちは、中村です。
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誰かに何かを渡すとき、渡したそのあとのことまで、想像できているかな。今日は、そんな話をゆっくりしてみたいと思います。
家は、建った瞬間がゴールじゃない
家を建てるところを想像してみてください。建てる前は、間取りや外観や、キッチンの色みたいな「どんな家にするか」で頭がいっぱいになります。でも、家は建った瞬間がゴールじゃないんですよね。本当のゴールは、その家で暮らす、これからの毎日のほうにある。朝ごはんを食べたり、子どもが走り回ったり、休みの日にちょっとお茶を飲んだり。そういう時間が気持ちよく流れることが、たぶん一番ほしかったものなんだと思います。
これって、家に限った話じゃなくて、暮らしのいろんな場面に当てはまる気がしています。僕らはつい、「何をつくるか」「何を渡すか」に一生懸命になります。でも、受け取った人のその先の時間まで思い浮かべると、同じものでも、少し中身が変わってくるんですよね。
渡す相手の、その先を思い浮かべる
たとえば、家族にごはんをつくるとき。ただおなかを満たすだけじゃなくて、今日は疲れていそうだから、あたたかくてほっとするものにしようかな、と思うと、同じ料理でも、なんだか気持ちがこもります。誰かに手紙を書くときも、この人がこれを読んで、少し笑ってくれたらいいな、と思い浮かべてから書くと、言葉の選び方が変わる。プレゼントも、値段や見た目より、あの人が使っている場面を想像できたときのほうが、うまく選べたりします。
受け取る人の「そのあと」を想像する。ただそれだけのことなんですが、これがあると、渡すものに体温みたいなものが宿る気がしています。逆に、そこを飛ばして「とりあえず形にする」だと、きれいにできても、なんだかしっくりこない。つくる技術の問題じゃなくて、どこを見ているかの違いなんですよね。
渡すものに、体温が宿る
不思議なもので、受け取る人のその先を思いながら手を動かすと、同じことをしていても、気持ちが変わります。自分のしていることが、誰かの毎日にそっとつながっている感じがして、相手が喜んでくれたときのうれしさも大きくなる。上手にやろう、というより、そのほうが単純に、やっていて楽しいんですよね。
反対に、忙しいと、つい「とりあえず済ませる」になってしまう日もあります。それはそれで仕方ないのだけれど、余裕のある日くらいは、渡す相手のこのあとを、ひと呼吸ぶんだけ思い浮かべたい。そのひと呼吸で、料理にも、手紙にも、ちょっとした贈りものにも、体温みたいなものが宿る気がしています。
もしよかったら。今度、誰かに何かを渡す場面があったら、その前に一度だけ、「これを受け取った人が、このあとどんな気持ちになったらいいかな」と思い浮かべてみてください。同じものでも、きっと少しあたたかくなる。暮らしのなかの、ささやかなおまじないみたいなものです。



