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人の完成品と、自分の作りかけ

こんにちは、中村です。

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今日は、SNSを見ていてなんだか疲れてしまうときの話を書いてみたいと思います。

みんなの一番いい瞬間が、並んでいる

スマホを開くと、いろんな人の投稿が流れてきます。うまくいった報告。楽しそうな写真。いい仕事の話。おいしそうなごはん。

それを眺めていると、なんだか自分だけが停滞しているような気持ちになることがあります。みんな、ちゃんと前に進んでいるのに、と。

でも、よく考えると、当たり前なんですよね。流れてくるのは、その人の「一番いい瞬間」だけです。うまくいかなかった日も、迷っている時間も、地味な作業も、そこには映っていません。

そしてこっちは、自分の全部を知っています。うまくいっていない部分も、決めきれずにいることも、全部。

つまり、人の「いいところだけ」と、自分の「ぜんぶ」を並べて比べている。これは、勝てるわけがないですよね。相手の完成品と、自分の作りかけを比べているようなものなので。

比べたときに、少し盛りたくなる

そうやって足りない気がしてくると、じゃあ自分も、と少し盛りたくなります。

嘘をつくわけじゃないんです。ただ、ちょっとよく見せる。一回しかやっていないことを「やっています」と書いてみたり、たまたまうまくいった日のことを、いつもそうであるかのように書いてみたり。

すると今度は、それを見た誰かが、また少し盛る。みんなで少しずつ背伸びし合って、全員が疲れていく。なんだか、もったいない話だなと思います。

比べるなら、昨日の自分と

だから、比べるなら、人の見せ方とではなく、昨日の自分と比べたほうがいいと思っています。

昨日より少しだけ丁寧にできたこと。前は気づけなかったのに、今は気づけるようになったこと。そういうものは、他の人の投稿の中には絶対に映っていません。自分にしか分からない変化です。

そして、自分ができていることって、自分ではいちばん見えないんですよね。毎日やっていることは、自分にとっては当たり前になってしまうので、価値だと思えない。

でも、他の人から見ると、そこはぜんぜん当たり前じゃなかったりします。「よくそんなに気がつきますね」「そこまでやる人、あまりいないですよ」と言われて、きょとんとしてしまう。褒められている自覚がない。

だから、自分のいいところを知りたいときは、自分の中を掘るより、人に聞いてみるほうが早いのかもしれません。

等身大は、諦めじゃない

等身大でいるというのは、今のままでいい、という意味ではないと思っています。今、自分がどこに立っているのかを、ちゃんと分かっている、ということ。

地図を見るとき、現在地が違うところに打たれていたら、どこにも行けないですよね。少しよく見せるというのは、その現在地を、実際より先に打ってしまうこと。だから、そこから道を引いても、いつまでも着かないし、なんだか苦しい。

今いる場所が分かっていれば、そこから一歩ずつでいい。急がなくても、方向さえ合っていれば、ちゃんと進みます。

削って残ったものが、持ち物

もしよかったら、自分のプロフィールや自己紹介の文章を、あらためて読み返してみてください。

これを読んだ人が、実際に会ったとき「思っていたとおりだ」と感じるかどうか。少し盛っているところがあったら、削ってみる。

削ると、最初は物足りなく見えます。でも、そこに残ったものが、これから育てていける本当の持ち物です。

短距離なら、背伸びでも走れます。でも、暮らしも仕事も、けっこう長い。長く歩くなら、自分の足のサイズに合った靴のほうがいい。そんなふうに思っています。