こんにちは、中村です。
この記事は音声でもお楽しみいただけます。
数字を見て、少ししょんぼりした
今週、自分の会社のことを、はじめてきちんと測ってみました。インターネットで探してもらえているかどうか、という数字です。
結果は、ゼロでした。もう一社のほうは件数こそありましたが、中身を開いてみたら、仕事につながるようなものではありませんでした。
画面を見て、少ししょんぼりしました。人には偉そうな顔をして話しているのに、と思ったからです。
さぼっていたわけではなかった
ただ、しばらく眺めていて、気づいたことがあります。
この数年、手を抜いてきたつもりはありません。書くものは書いてきましたし、時間もかけてきました。それでゼロだった。
つまり、足りなかったのは量ではなくて、場所のほうでした。よかれと思って、ずっと違うところを耕していた。
そう考えると、数字の見え方が少し変わりました。がんばりが足りない、という話なら、これ以上どうすればいいのか分かりません。でも、場所が違うだけなら、移せばいい。同じ手間で、実り方が変わるかもしれない。
暮らしのなかにも、たぶんある
これは、仕事だけの話ではない気がしています。
毎朝いちばんに片づけている場所が、実はいちばん散らかりにくい場所だった。時間をかけて用意した料理より、なんでもない汁物のほうが家族に喜ばれていた。よかれと思って続けている声かけが、相手にはあまり届いていなかった。
どれも、やる気の問題ではありません。向きの問題です。
そして向きは、いちど立ち止まって確かめないと、自分では見えません。毎日やっていることほど、確かめる機会がないまま続いていきます。
確かめるのは、こわい
測るのは、少しこわかったです。
知らないままなら、悪い数字は存在しません。知ってしまうと、なんとかしないといけなくなる。だから人は、たぶん自然と、確かめないほうを選びます。
でも今回、こわかったのは見る前だけでした。見たあとに残ったのは、落ち込みよりも「ここじゃなかったのか」という、わりとさっぱりした感じでした。
分からないまま漠然と気にしているほうが、実は重かったのだと思います。
ひとつだけ、確かめてみる
全部を測り直す必要はないと思っています。むしろ、いっぺんにやると疲れてしまいます。
いま気になっていることを、ひとつだけ。相手に聞いてみるでも、数えてみるでも、書き出してみるでもいい。たいてい、思っていたのと少し違います。
その少しの違いが、明日の向きを変えてくれるような気がしています。



