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自分の当たり前は、だれかの「すてき」

こんにちは、中村です。

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「あなたのいいところって、どこですか」と聞かれたら、すぐに答えられるでしょうか。僕はこの手の質問を、人によくするのですが、たいてい、みんな困った顔をします。「いいところ……特にないんですけど」と。まじめでやさしい人ほど、そう言うんですよね。ところが、「じゃあ、苦手なところは?」と聞くと、こっちはいくらでも出てくる。ふしぎなものです。

今日は、そんな「自分では気づけない、自分のよさ」について、すこしゆるやかに書いてみたいと思います。

当たり前は、空気みたいなもの

どうして、自分のいいところって、こんなに見えにくいのでしょう。たぶん、自分にとっての当たり前は、空気みたいなものだからだと思います。生まれてからずっと吸っているから、そこにあることにすら気づかない。息をするように自然にできてしまうことは、自分にとっては「やって当然」で、わざわざ価値だとは感じられない。がんばった実感がないから、すごいとも思えないんですよね。

でも、それを外から見ている人には、まったくちがって見えています。「え、それ、ふつうにできるの。すごいね」と。あなたが力まずにやっていることが、ほかの人には、どれだけがんばってもできないことだったりする。当たり前の顔をして、実は、すてきなことをやっている。ただ、本人だけが、それに気づいていない。暮らしの中でも、仕事の中でも、こういうことって、本当によくあるなと思います。

だれかが、鏡になってくれる

おもしろいのは、自分の当たり前は見えないのに、他人の当たり前は、けっこうよく見えることです。「この人の、こういうところ、いいなあ」って、そばで見ているとちゃんとわかる。ということは、僕たちは、おたがいにとっての鏡になれる、ということでもあるんですよね。自分では気づけないよさを、まわりの人が見つけてくれて、まわりの人が気づいていないよさを、こちらが見つけてあげられる。

だから、もしだれかの「当たり前のすてきさ」に気づいたら、「それ、いいですね」と、声に出して伝えてみてほしいんです。言われたほうは、きっと、きょとんとします。でも、その一言が、その人が自分のよさに気づく、はじめのきっかけになったりする。ちいさな贈りもの、みたいなものだなと思います。

続けられていることに、その人らしさが出る

もうひとつ。無理なく続けられていること自体が、もうその人の才能だと思うんです。苦労している自覚もなく、いつのまにか続けてこられたこと。気づいたら、いつもやっていること。派手なことじゃなくていい。その、地味に続いていることのほうにこそ、その人らしさは、じんわりとにじみ出ます。

「自分にはいいところなんてない」と感じる日も、あると思います。でも、それはたぶん、ないのではなくて、近すぎて見えていないだけ。ないのと、見えていないのとでは、まるでちがいます。だから、もしよかったら、探してみてください。「自分にとっては当たり前だけど、意外と人に驚かれること」。あるいは、身近な人に「わたしのこれって、ふつうじゃないの?」と聞いてみる。きっと、思ってもみなかった答えが返ってきます。それが、あなたがまだ気づいていない、あなたのよさなのかもしれません。

自分の当たり前を、大したことないと切り捨てないこと。むしろ、そこにいちばんいいものが隠れているかも、と、ちょっとだけ立ち止まってみること。それだけで、いつもの毎日が、すこし愛おしく見えてくる気がします。

今日より明日が、ちょっと楽しくなりますように。