こんにちは、中村です。
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今日は、「光と影」という言葉の話を書いてみます。僕はこの言葉が、けっこう好きなんです。
コップに、光の部分と影の部分はない
なぜ好きなのかというと、この二つが、そのものの性質じゃないからなんですよね。
たとえば、ここにコップが一つあるとします。光が当たっている面と、影になっている面があります。
でも、そのコップ自体に、光の部分と影の部分があるわけじゃないんです。
光がどこから当たっているか。それだけで決まっています。
だから、照明の位置をぐるっと反対側に持っていけば、さっきまで影だったところが光になります。コップは何も変わっていません。変わったのは、こちらの立ち位置と、光の向きだけです。
影を全部消すと、平べったくなる
僕は写真も撮るのですが、撮影をしていると、影のことをよく考えます。
影を全部消すことは、できるんですよ。左右と上から均等に光を当てて、影が出ないようにする。
そうすると、どうなるか。
平べったくなります。
奥行きがなくなって、のっぺりした絵になるんですね。かたちが分からなくなる。
料理でも、建物でも、人の顔でもそうです。立体に見えているのは、明るいところと暗いところがあるからなんです。影があるから、そこに凹凸があると分かる。
なので、撮影のときにやっているのは、影を消す作業じゃなくて、影をどこに置くか、という作業なんですよね。
僕らはよく、影を消そうとする
これは、人にもそのまま当てはまるなと思っています。
僕らはよく、自分の欠点を消そうとします。苦手なところ、足りないところ、うまくできないところ。それをなんとかして埋めようとする。
でも、全部埋めて、影のない状態になったとしたら、たぶん平べったくなるんですよね。特徴のない、まっすぐな面になる。
僕自身のことで言うと、いま思えば、うまくいかなかった時期のほうが、人に話せることが多いです。
順調だった時期のことは、正直、あまり覚えていません。
ただ、無理に反転させると嘘になる
ここは正直に書いておきたいのですが、弱みは全部強みになる、という話ではないと思っています。
捉え方次第だ、考え方を変えれば全部プラスになる。そういう言い方をされることがありますよね。あれは、ちょっと乱暴だなと思っていて。
無理に反転させると、嘘になってしまうんです。
たとえば、約束の時間を守れないことを、丁寧にやっているから、と言い換えたとします。言葉の上では成立しますけど、待っている人が困っている事実は、何も変わっていません。
それは、光の向きを変えたんじゃなくて、影を隠しただけなんですよね。
違いは、たぶんここだと思います。
その影が、誰かにとっての意味になっているかどうか。
自分の影は、自分から見えにくい
そして、これがけっこう難しいところなんですけど。
自分の影は、自分からいちばん見えにくいんです。
なぜかというと、自分は光の側に立っているからです。自分から見ると、自分にはずっと光が当たっている。影ができているのは、いつも向こう側なんですよ。
だから、自分の弱いところが誰かにとって意味を持っているかどうかは、自分ではまず気づけません。
僕もときどき、人に聞きます。
だいたい、自分が思ってもみなかったところを言われます。そんなところ見ていたんだ、と驚くことのほうが多いです。
影を消したがらなくていい
今日書きたかったのは、二つです。
一つは、光と影は、そのものの性質じゃない、ということ。どこから光が当たっているかで決まっているだけなので、位置を変えれば変わります。ただし、変わるのは事実ではなくて、どこから見るか、のほうです。
もう一つは、影を全部消そうとしなくていい、ということです。
消すこと自体はできます。でも、影のなくなったものは、平べったく見えます。
今日、鏡を見て、少し気になるところがあったとしても。
それは、いまの光の向きから見えているものかもしれません。



