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見えない支度が、その日をつくる

こんにちは、中村です。

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今は10日間連続で撮影をしていて、今日がその最終日でした。頭の中が撮影のことでいっぱいなので、今日はそこから思ったことを書いてみます。

写真は、シャッターを押す前に決まっている

撮影の仕事は、外から見ると「カメラを持って行って、何枚か撮って、帰ってくる」ように見えると思います。実際、僕も昔はそう思っていました。

でもやってみると、写真の出来は、シャッターを押す前にほとんど決まっているんです。

誰に見せるものなのか。見た人にどう思ってほしいのか。それが決まっていないまま現場に行くと、きれいな写真は撮れます。でも、伝わる写真にはならない。

そして、当日までにやっておくこともたくさんあります。いらないものをどける。掲示物を貼り替える。動線を少し変える。光の時間を見て、回る順番を考える。地味なことばかりですが、写真がいちばん変わるのは、正直このあたりなんです。

見えているのは、最後のひと皿だけ

これは、写真だけの話ではないなと思います。

たとえば、おいしいごはん。食べる人が見ているのは、目の前に置かれたひと皿です。でも味は、その前にほとんど決まっていますよね。何を買うか選ぶところ、下ごしらえ、火にかける順番。出てきたお皿には、その時間は映っていません。

気持ちのいい部屋も同じです。お客さんが「なんだか居心地がいいね」と言うとき、見えているのは整った状態だけ。その前に、片付けて、拭いて、余計なものをしまった時間があります。

見えているのは最後の一部分で、質を決めているのはその手前。たいていのことが、そうなっている気がします。

見えない支度は、値打ちがつきにくい

やっかいなのは、見えない部分は、なかなか認めてもらいにくいということです。

評価されるのは、目に見えるもの。何品つくったか、何枚撮ったか、何時間いたか。支度の時間は、そこに入ってきません。

家のことでも、そう感じることがあると思います。ごはんが出てくるのは見えるけれど、そのために考えて、買って、下ごしらえした時間は見えない。やっている本人だけが知っている。

だからこそ、身近な人の「見えない支度」には、気づけるといいなと思っています。「これ、準備が大変だったでしょう」の一言があるだけで、その時間がちゃんと存在したものになるので。

減らすなら、質じゃなくて量

もう一つ。時間がないとき、つい、この見えない支度のほうを削ってしまいます。誰にも見えないから、削っても怒られないんですよね。

でも、そこを削ると、結果のほうが落ちます。そして、落ちたことは、あとでちゃんと伝わってしまう。

だから僕は、減らすなら、質じゃなくて量にしようと思っています。品数を減らす。今日はここまでにする。範囲を小さくして、支度の部分は残す。そのほうが、たぶん自分も相手も気持ちがいい。

「これは、撮る前の部分だな」

もしよかったら、自分の毎日の中で「これは撮る前の部分だな」というところを、一つ思い浮かべてみてください。

できあがったものからは見えないけれど、実はそこで質が決まっている、という部分です。

誰にも気づかれないかもしれません。でも、その支度があるから、その日がちゃんと立ち上がっている。まずは自分で、それを知っておくだけでもいいのだと思います。