こんにちは、中村です。
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今日は、贈りものと手紙の話から、「誰に向けるか」ということを書いてみたいと思います。
「20代の女性が喜ぶもの」は、選べない
もし「20代の女性が喜ぶものを選んでください」と言われたら、結構困りませんか。範囲が広すぎて、何を買えばいいのか、ぼんやりしてしまう。雑貨屋さんの中をぐるぐる歩いて、結局決められない、みたいなことになりそうです。
でも、「来週が誕生日の妹に」と言われたら、急に選べる気がしてきます。あの子、最近仕事が忙しそうだったから、家でホッとできるものがいいかな、とか。顔が浮かぶと、選べるんですよね。
不思議なもので、条件が減ったわけではありません。むしろ具体的になっただけ。それなのに、急に手が動くようになる。
「みなさんへ」の手紙は、なんだか響かない
これは、贈りものだけの話ではないなと思っています。言葉も同じです。
駅前を歩いていて、「皆さん、ぜひお立ち寄りください」と書いてある看板があっても、たぶん素通りしますよね。自分に言われている気がしないからです。でも、「仕事帰りに、少しだけ一人になりたいあなたへ」と書いてあったら、「あ、それ今の私かも」と足が止まる人がいる。
手紙で考えると、もっと分かりやすいかもしれません。「世界中の皆さんへ」で始まる手紙は、なんだか心に響かない。でも、たった一人に宛てて「あなたのこういうところが好きです」と書かれた手紙は、とても強いです。
そして不思議なもので、一人に向けて本気で書かれた言葉は、似た気持ちを持っているたくさんの人の胸にも届いていきます。一人に絞ることは、狭めることではなくて、深く届かせるためのやり方なのかなと思います。
平均に寄せるとぼやけて、一人に寄せるとくっきりする
仕事の言葉でいうと、「30代の女性で、共働きで」といった層のことをターゲット、その中にいるたった一人を具体的に思い描いたものをペルソナと呼んだりします。
ここで面白いのは、その一人は「平均的な人」ではない、ということです。「30代の平均的な女性」と言われても、なかなか顔は浮かびません。いろんな人をならして真ん中を取った、のっぺりした像だからです。
でも、「2駅先のマンションに住んでいて、2歳の子どもがいて、朝はいつもバタバタしていて、寝る前の10分だけが自分の時間」というところまで具体的にすると、急に顔が見えてきます。平均に寄せるとぼやけて、一人に寄せるとくっきりする。
その「寝る前の10分」に、何を届けたいだろう。そう考えると、選ぶものも、かける言葉も、変わってくる気がします。
幅広い層に来てほしい、と考えるほど無難になる
たとえばカフェをやるとして、「幅広い層に来てほしい」と考えていると、メニューも内装も、なんとなく無難な、どこにでもあるような感じになりがちです。
でも、「平日の昼間に、一人でゆっくり本を読みたい人」を思い浮かべると、席の間隔はどうしようかとか、音楽はどのくらいの音量がいいかなとか、そんなことが決められるようになります。
決められないときって、情報が足りないというより、思い浮かべている顔がないだけ、ということが結構あるように思います。
都合のいい人を、空想でつくらない
ただ、その一人は、頭の中だけで勝手につくるものではないと思っています。
実際に会った人の顔とか、話を聞かせてもらったときの言葉とか。そういう本物の欠片を持ち寄って組み立てていく。都合のいい理想のお客さんを空想でつくってしまうと、その人はたいてい現実にはいなくて、言葉が上滑りしてしまうんですよね。
想像することと、決めつけることは、似ているようで全然違う。だから、勝手に盛るのではなく、実際の声から一人を立ち上げる。ここは大事にしたいところです。
「あの人に」を、先に決めてみる
もしよかったら、何かを誰かに届けたいとき——お店の紹介文でも、SNSの投稿でも、ちょっとしたお知らせでも——みんなに向けて書くのを、一回やめてみてください。
「あの人に読んでほしいな」という一人を思い浮かべてから、書いてみる。友達でも、家族でも、昔の自分でもいいと思います。
その一人に話しかけるつもりで言葉を選ぶと、不思議と、もっと多くの人に届く言葉になっていく気がします。
今日より明日が、ちょっと楽しくなりますように。



